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小島一郎の父親が息子を勘当した理由は?母親が連れ戻せなかった理由に驚愕!

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T氏です。

小島一郎容疑者の話題でまだテレビでは色々な話が出ていますね。

父親が小島一郎容疑者を他人の様に話した事も話題になっています。

そして実の母親が今回の事件に対してコメントをしていました。

今回は小島一郎容疑者父親が息子を勘当した理由について。

そして母親が小島一郎容疑者を家に連れ戻せなかった理由について調べて見ました。

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小島一朗の経歴

名前:小島一朗(こじまいちろう)

年齢:22歳

住所:愛知県岡崎市蓑川町

学歴:愛知県一宮市出身で定時制高校を卒業

職業:無職(職業訓練校を経て埼玉県内の会社に就職⇒約1年後に「人間関係が合わない」と言って退職した経緯がある)

病気:自閉症と診断され、昨年2~3月には岡崎市内の病院に入院していた。

家族構成:学では野球部に所属したが、いじめが原因で不登校となり、進路などを巡り父親とけんかをして関係が悪化。2016年4月ごろから同県岡崎市の伯父方で暮らすようになったという。小島容疑者が自分の意思で自宅を出て祖母の家などに移り住んだことを明らかにしました。

普段の様子:伯父方では2階の部屋に引きこもってパソコンを触っていた。

性格:幼いころは人気者だったが、だんだん友達が減って引きこもるようになり、中学生になったころからは家族と一緒に食卓を囲むこともなくなった。自分のことは話さないが、基本的に自分は正しいと思っているところがあり、周りから注意されると威嚇するようなところがある→小嶋容疑者が中学3年生のころ、親子で取っ組み合いのけんかになり警察を呼んだことがある

伯父によると、小島容疑者は「俺なんて価値のない人間だ。自殺したい」と度々口にし、半年前に、「旅に出る。自由に生きたい」と言って自転車で家を出ていたという。

半年前に伯父方を出た際には、同居の祖母が心配し、自分の口座のキャッシュカードを持たせたという。その後、何度か携帯電話で連絡がとれたが、小島容疑者に居場所を尋ねても、「捜しに来るから嫌だ」と答えなかった

小島一朗の父親が息子を勘当した理由は?

今回のニュースのコメントでも小島一郎容疑者の父親は他人事の様に小島一郎容疑者の事を語っていたのが印象深いです。

小島容疑者の父親:

「亡くなった人、ケガをした人の家族に対しては大変申し訳ない。それに対して彼がどう行動を起こせるのか見守っていきたいです」

「一朗君とは今は家族ではない。中学生の頃からほとんど会話はなく、関係は断絶していた。(被害者には)申し訳ない」

しかしどうしてこうなったかと言うと。どうして他人事になれたかと言うと叔父によれば、この父親は発達障害のある息子を育て切れずに育児放棄したそうなので、祖母と養子縁組することになったという。

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小島一郎容疑者は、父親に包丁を投げつけるなどしたことがあったので、父親が恐怖を感じた事があったため、施設にいれることになったと語っている。

そしてMr.サンデーのインタビューで父親戸籍から小島一郎容疑者を抜いた時の事をこの様に語っています。

記者:なぜ戸籍から外したのか?

実父:本人の意思で。(施設が)学校から近いというのもあっと思いますけど。うちには居たくなかったというか、出て行くつもりだったようで

記者:本人が家に居たくないと?

実父:はい

記者:何があったと考えらますか?

実父:本人から直接聞いてください。うちが追い出したわけでもないんですけど、本人が正しいというなら正しい道を選びなさいというのが当時の父としての言い方でありまして

母親のコメント全文

このたびはご遺族の方、また被害にあわれた方々に大変なことをしてしまい、また関係の皆様に多大なご迷惑をおかけし、心から深くお詫(わ)び申し上げます。

今回このような事件を起こしたことは、予想もできず、まさに青天のへきれきで、自殺することはあってもまさか他殺するなんて思いも及びませんでした。

初めて聞いたときはまさかと耳を疑い信じられませんでした。

テレビの映像を見て本当にショックで、未(いま)だに精神状態が良くありません。

このような形でコメントすることを、ご容赦ください。

一朗は小さい頃から発達障害があり大変育てにくい子でしたが、私なりに愛情をかけて育ててきました。

中学生の時、不登校になり、家庭内での生活が乱れ、将来を心配して定時制高校に入れること、また自立支援施設に入れることを本人に提案したら、素直に応じてくれ、高校の3年間と職業訓練校の1年は資格も取り、車の免許も取り、無事に就職もできました。

しかし、入社後は、仕事がうまくいかず落ち込んでしまい、1年足らずでやめてしまいました。

その後はかなりの自信喪失で自殺をほのめかすようになりました。

昔から岡崎のおばあちゃんに懐いており、一緒に暮らしたいと本人も希望していたので、岡崎へ行かせました。

私の提案で岡崎のおばあちゃんと養子縁組をし、居場所を確保しましたが、結局居づらくなったようで、何度か家出を繰り返しました。

家出中も何度か電話で話す機会があり、その時も自殺をほのめかしていました。

「無理やりにでも連れ戻していたら」と、いまは悔いが残ります。

すぐにでも帰って来て欲しかったですが、また同じことを繰り返すのではと思い強く言えず、なんとか自力で帰ってくるように促していました。

今回このようなことになり、どちらかといえば正義感があり優しかった一朗が極悪非道な、一生かけても償えない罪を犯したことに未だに困惑しています。

受け入れ難く、やり切れない思いでいっぱいです。

事実を直視するのには、まだ時間がかかると思います。

このようなことを申し上げていい立場にあるのかわかりませんが、しばらくの間、そっとしていただけるとありがたいです。

母親が息子を連れ戻せなかった理由は何?

小島一郎容疑者の母親のコメントで

「無理やりにでも連れ戻していたら」

すぐにでも帰って来て欲しかったですが、また同じことを繰り返すのではと思い強く言えず、なんとか自力で帰ってくるように促していました。

今回このようなことになり、どちらかといえば正義感があり優しかった一朗が極悪非道な、一生かけても償えない罪を犯したことに未だに困惑しています。

そういう風に思うのならどうして連れ戻さなかったのか?

こういう風にコメントをして世間から同情を買おうとしていたのですかね。

この後に及んで小島一郎容疑者が正義感があり優しかったが極悪非道な、一生かけても償えない罪を犯したことに未だに困惑していますと言ってるあたりがずるいですよね。

これが母としての気持ちなんでしょうかね。

色々と連れ戻せなかった理由は簡単です母親は子供を見捨てて晴れやかな気分で毎日を過ごしてたんです。

まとめ

小島一郎容疑者父親が息子を勘当した理由についてでした。

簡単に小島一郎容疑者の感動までの生い立ちをまとめると父親は

・自分の子に一郎(イチローの影響?)と名付ける
・中学で野球部(←親の影響?)
・野球部でいじめられ不登校に
・父親とそりが合わなくなって養子に(父親の養育放棄?)
・父親がインタビューではもう他人という

一郎という名前をつけたのは絶対に野球のイチロー選手の影響でしょうね。

だから中学では野球をやっていたんだと思います。

そこで父親の理想の様に育たなくなってさらに精神疾患があったからもう捨てようって考えでしょうかね。

そして母親が小島一郎容疑者を家に連れ戻せなかった理由について調べて見ました。

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